がんについて、ともに考え、歩んでいる方々をご紹介します
「患者さんの声に最も耳を傾けている製薬会社」だと
5年後、皆さんに言ってもらえることが目標です
今回のともに歩む人
井上浩一
ノバルティス ファーマ株式会社
広報統括部 ペイシェントエンゲージメント グループマネジャー
患者さんの納得がいく治療選択のために
患者団体とともにマンガ動画を制作
「肺がんと診断されたばかりの患者さんが、不安を抱えながら、自分にとって一番よい治療法を決めることは決して簡単なことではありません」と、肺がん患者本人である長谷川一男さん¹から言われたことがありました。それは患者さんが抱える課題が見えた瞬間でした。肺がんの治療薬の開発が進み、治療法も増えてきました。そのことは患者さんにとってはよいことなのですが、患者さん本人が納得のいく選択をするために、製薬会社としては何ができるのだろう。それを長谷川さんに相談をしていくうちに、肺がん患者さんとご家族の方向けのマンガ動画を共同で制作することになりました。それが、11月に公開された肺がんマンガ動画『いきる「みかた」を見つける』です。
患者さんたちの経験、知見や想いを
社内・社外で活かしていくのが私の仕事
私が所属している部署であるペイシェントエンゲージメントとは「患者さんがよりよい生活を送ることを共通の目標に、関係するすべての人たちで患者さんが抱える課題に取り組むこと」を行うところです。具体的には、患者さんとのつながり(エンゲージメント)、そして患者さんの権利擁護(アドボカシー)を大事にしながら、患者さん自身のケアについて積極的に関わり、患者さんが適切な治療を受けられるよう支援につなげていくのが私の仕事です。一言で言うと、患者団体を通じ患者さんの声を社内に届けるハブのような役割です。
私は、患者団体とのしっかりとしたリレーション(関係)、すなわち本音ベースで忌憚のない意見を言い合える関係づくりを大切にしています。私になら耳の痛いことを言ってもらっても大丈夫だし、私も言いたいことは言えるような関係です。だからこそ、誠実さ、正直さを大事にしています。たとえば、患者団体に初めてコンタクトするときが、関係づくりではとても大事ですが、その団体の活動を単に支援することだけが目的ではなくて、製薬会社としての目的があることも、正直にお話しするようにしています。
「製薬メーカーにとり、患者さんの潜在的ニーズを知ることは、新たな治療法をより早く、より多くの患者さんに届けるための大きな助けになる。結果として、私たちのビジネスの成長につながると期待している。患者さんの声を重視するノバルティスにもっと協力したい、と思ってくれる患者さんが増えれば、私たちはより多くの方から有益な情報を集めることができる。だから私はあなたの率直な声を聞きたいのです」
このように話をすると、多くの患者団体の方から「なるほどね」と言ってもらえます。患者さんの中には「自分の疾患経験が役に立つようであればぜひ協力したい」とおっしゃってくださる方もいらっしゃいます。だからこそ我々は患者さんたちの想いに誠実に対応していかなくてはいけないと思います。
ただ、こうして患者さんから聞いた声も、それを活かしていこうという部署がないと意味がありません。患者さんの声を積極的に聞き、意思決定に活かしていこうと思う社員を増やしていくことも私の役割のひとつだと思っています。届ける先があることで、はじめて患者さんの声をつなぐことができるのです。
たとえば臨床開発を担当している社員が、患者さんの意見を取り入れたプロトコール(治験²実施計画書)や患者さん向けの治験についての説明文書を作成してくれれば、患者さんはもっと治験に参加しやすくなるかもしれません。マーケティングの担当者が作る「患者さん向けの説明冊子」も、患者さんのアドバイスを反映すれば、より理解しやすい内容になるでしょう。「患者さんの声を聞いて何か変えようと思う」。そういう会社の風土を作っていき、患者さんと社員をくっつける。そのつなぎ役が私の仕事なのです。現在、社内には「Together, We Fight cancer!」というプロジェクトチームがあり、社員ががん患者さんをより深く理解し、それぞれの職務を通じて、がん患者さんの生活の質の向上に貢献できるよう様々な活動が展開されています。これからもみんなと力を合わせて、がん患者さんやそのご家族、介護者の方々の経験や知見・想いを活かすよう取り組んでいきたいと思います。
2.治験(臨床試験)。臨床試験を実施する目的は、新しい薬や治療法が人にとって安全かつ有効かどうかを判定することです。
臨床試験(治験)とは?ノバルティスファーマHPより
ある患者さんとの出会いから
自分の仕事への意識がガラリと変わった
こうした想いは最初からあったわけではなく、MR³として仕事をしていたころは、ただ担当製品を売ればいいというプロダクトアウト型(よい製品を作って市場を拡大する)の考え方をしていました。しかし、臓器移植後の免疫抑制剤を担当したときに、ある患者さんと出会った経験から、自分の仕事への意識がガラリと変わりました。その患者さんの担当医師は私に薬のことを聞きながら、患者さんのコンディションや合併症のリスクなどを検討し、治療方針をその場で決めていったのです。つまり、私の薬の説明が、今苦しんでいる患者さんを助けることになると、実感出来たのでした。その瞬間、「営業成績に一喜一憂していた自分がなんてくだらないのだろう。私たちMRの仕事は、人の生き死に関わる仕事で、もっと考えるべきことがあるのではないか」と思いました。その時から、製薬会社に勤める意義とかやりがいとか、果たすべき役割みたいなことを強く意識し始めました。その後、医療の最終消費者である患者さんの声をしっかり聞いて、そのニーズに応えていくのが自分の仕事の本質だ、と気づくまでにもう少し時間がかかりました。しかし、今はペイシェントエンゲージメントが天職だと思って、いろいろな活動に取り組んでいます。
3.メディカル・レプリゼンタティブ。製薬会社の営業部門に所属する医薬情報担当者
患者さんの声からマンガ動画では
「告知と医師の悩み」、「治療の選択」、「相談先」をテーマに選んだ
2021年11月から公開がスタートしている肺がんマンガ動画『いきる「みかた」を見つける』も、患者さんの声から生まれたもので、3つの話で構成されています。
納得のいく治療選択をするために一体何が必要かを長谷川一男さんと話し合ったとき、「やっぱり主治医との信頼関係がまず大事だよね」ということになったのです。医師は診断を下す人ですから、何かよくないことを言う人というイメージがついたり、一見ぶっきらぼうに見えたりすることもあります。でも、診断後の告知のときには「このショックなニュースを伝えたら、この人は前向きに受け止めてくれるのだろうか」など、医師もとても悩んでいます。そこで、医師側にたったコミュニケーションの裏側をマンガ動画にすることにしました。これが第1話です。「医師はこのようなことを考えていて、それが診察室での一言一言につながっているのだ」ということを患者さんに知ってもらえたらと思います。
第2話は、治療の選択肢についてです。とくに肺がん治療は薬物治療の発展が目覚ましく、遺伝子検査によって最適な治療薬を選定できるようになりました。しかしながら、そのプロセスや選択肢は複雑であるため、多くの患者さんにとっては難解です。医師と十分にコミュニケーションを取りながら、患者さん自身が自分で受ける治療法を納得しながら決めていく(シェアードディシジョンメイキング)、そのプロセスが大事だということを伝えたいと思い、このテーマを選びました。
そして、第3話は、患者さんがもつさまざまな悩みを相談できる、いろいろな専門家につないでくれる「がん相談支援センター」の紹介になります。がんと診断されてからは、治療のことだけでなく、これからの生活のことを考えなくてはいけなくなります。お子さんがいる人もいれば、介護が必要な親がいる人もいます。これからの収入のこともある。使えるいろいろな制度もあるけれど、複雑でよくわからない。では、どこに行けば、それらの悩みの解決につながるのか、というお話です。
外部講師としてがん教育を行う
患者さんやご家族、医療者向けのeラーニングを制作
患者さんの声を届ける取り組みのひとつとして、学校における「がん教育」についても携わっています。中学校では2021年度から、高校では2022年度から、がん教育が授業で行われます。
学校でのがん教育は、今の時代、とても大切なことと感じています。子どもたちが、がんについて正しく理解し、健康といのちの大切さについて学ぶことは、がん患者さんに対する偏見の払拭につながるだけでなく、ヘルスリテラシー(自分にあった健康の情報を探して、理解し、評価したうえで使える力)の向上にも寄与するでしょう。がん教育がより実践的で効果的なものになるよう、私たちにできることはないだろうかと考えていたところ、ある患者団体の方と意見交換しているなかでがん教育の話題になり、全国がん患者団体連合会が作る外部講師のための学びの場を支援することになりました。それが「がん教育外部講師のためのeラーニング⁴」です。医療者、がん患者さんやご家族など合わせて千人を超える方が受講、修了され、外部講師として全国で活躍されています。患者団体だけでは実現することが難しい企画を、企業の協力によって実現できた協働の成功事例になりました。自身のがん経験を役立てたいと考える講師たち、そのような講師を必要とする学校や行政、この双方をつなぐプログラム設立に協力できたことをとても誇りに感じています。がん経験者の方、そしてがん教育に関心のある方に、ぜひこのeラーニングを受けていただきたいです。
患者さんの声をもっとたくさん届けたいから
患者団体とともに成長していく製薬会社を目指したい
患者さんだからこそ言い得ることができる想いや課題を、私たちのような企業や組織に積極的に伝えてくれる患者さんがもっと増えて欲しいなと思っています。社内に向けて、もっともっとたくさんの患者さんの声を届けたい。社内でも、それを真摯に受け止めていく人を増やしていきたい。そのためには、たくさんの患者さんからの声を聞くようにしたいのです。私たち製薬会社が患者さんのことを理解すれば、社内だけでなく、医師や薬剤師、看護師、その他の医療関係者にもっともっと患者さんの声を届けられるハブとして機能できると思います。製薬会社と患者団体がともに成長していく、そして患者さんにとってよりよい医療環境を実現することが、私の願いです。そして、5年後には、「患者さんの声を一番積極的に取り入れている」「患者さんから聞いた意見を真摯に受け止めて意思決定に反映させている」製薬会社だと皆さんに言ってもらえるような、そういう評価を得られるような会社にすることが今の私の目標です。
肺がんマンガ動画『いきる「みかた」を見つける』
【脚本】木口マリ氏 森川翠氏
【作画】れつまる氏 なるるん氏 ユフロイ氏
【演出】長谷川一男氏
【制作】NPO法人肺がん患者会ワンステップ、ノバルティスファーマ株式会社
※本マンガ動画のストーリーは個人の体験談をもとに制作しており、全ての肺がん患者さんに共通するものではありません。
取材日:2021年10月20日
編集・取材・執筆:早川景子
撮影:長谷川梓
イラスト:宇田川一美
掲載日:2021年11月25日
※撮影時のみマスクを外しています。